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鉄男に何が起ったか

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1986年11月に亡くなった増村保造監督ですが、この年から鉄男さまに変化が現れます。 大映ドラマと増村監督との関りは同年6月に終了した井森美幸嬢主演の「遊びじゃないのよ、この恋は」で終焉を迎えます。 勿論、鉄ちゃんも宇津井氏も出演しております。 これまた「スチュワーデス物語」の片平なぎさ嬢のような役まわりの高樹澪嬢が出てきて、毎回お約束のように背中の刺青を見せるシーンが売り物って感じで、主役と脇の演技力の落差が痛いお粗末なものでした。
そして'86年10月、無謀ともいえるNHK大河のウラにぶつけて、ものの見事に玉砕した「おんな風林火山」(鈴木保奈美嬢の初主演作ですが、本人はなかったことにしたいらしい)の武田信玄役以降、大映ドラマ制作の連続モノには出演しておりません。

ここで、すっげーこじつけですが、増村監督と鉄ちゃんの強い絆が見えてまいります。監督がいたからこそ、どんな役でも出演してきた鉄男さまですが、ここで何か考えることがあったのでしょうか? これ以降、大映のみならず連続ドラマへの出演がなくなっていきます。 そして’89年「湘南物語」の途中降板。 このあたりの鉄ちゃんの演技は以前のエネルギーが、私には感じられないんです。そつなくこなしているだけって感じ。実際、本人も役者をやめようと考えていたようで。 ドラマ制作のやり方が変わったのかもしれません。以前のように納得いくまで議論し、撮り直す予算も時間もない。フィルム作品がどんどん少なくなっていくのもこの時期ですね。

単発モノやゲスト出演が多くなり、いつの間にか犯人役が定着してしまいましたが、'91年からの「遠山の金さん」レギュラーは、時代劇ってことでとても新鮮でございました。 

ま、増村監督が亡くなってから鉄男さまの役者稼業に大きな変化が起きたって乱暴な、勝手な推測でございました。 勿論、単発モノには大映ドラマ制作のものが圧倒的に多いのは、切っても切れないご縁なのでしょーが。 こじつけついでに監督の映画での遺作は’82年の「この子の七つのお祝いに」で、脚本は共同執筆とゆーことで松木ひろし先生、音楽は大野雄二先生でございます。 これも何かの因縁・・・いえいえご縁なんでしょう。 ・・・・・無理があるなあ。


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by ironman0823 | 2005-08-30 11:14
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