ドッキリチャンネル

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またまた間が空いてしまいました。実はこの5月から或る大学の課外講座なんぞに通い出しちまったモンで、未だに生活のリズムが整えられなくって家事は怠るばかりのテイタラク。とんでもない事態になっています。所謂「片付けられない女」でございます。

「片付けられない女」とゆーと森茉莉という作家ほど生活能力のないヒトはいないんじゃないでしょーか?言わずと知れた森鴎外の長女として生まれ、蝶よ花よと溺愛されたお嬢様育ちの彼女の出来なさ加減は、(彼女が)師事した室生犀星センセも心配して夜も眠れなくなってしまった程。そもそも彼女が作家になったのも父、鴎外の印税収入期限が切れて、生活費に困ってしまったから。パッパと呼んでいた父親に関するエッセイや耽美な同性愛小説などを発表していましたが、ワタクシも学生時代に中井英夫氏、澁澤龍彦氏と共によく読んだものです。鴎外にしてヒドい西洋かぶれで、明治時代に生まれた子供たちからして茉莉(マリア)、類(ルイ)、杏奴(アンヌ)ときたもんだ。その血をしっかり受け継いでいるマリアも呆れるばかりのおフランスかぶれ。長男を爵(ジャクと読みJacquesジャックと呼ぶ)と名づけております。金はなくとも自分の好みにはあくまでもこだわる姿勢に、多感な女子高生は憧れちゃったんだな。

彼女の名言(文)を挙げてみると

○本当に金を使ってやる贅沢には空想と想像の歓びがない
○空ビンの1つ、鉛筆1本、石鹸(シャボン)1つの色にも、是一体こうではならぬという鉄則によって選ばれている
○贅沢というのは、高価な物を持っていることではなく、贅沢な精神を持っていること

彼女の著書「贅沢貧乏」はワタクシのバイブルのひとつとなっております。

そんな彼女が晩年、週刊新潮に「ドッキリチャンネル」とゆーコラムを連載していました。テレビを見て思ったことや、昔の思い出話が綴られているのですが故ナンシー関嬢よりも辛辣、毒舌ぶりに大笑いしたことが何回もあります。好き嫌いがハッキリしており、独断と偏見に満ちた嫌いなものに対する罵詈雑言振りは、気持ちよいものがありました。時々「そうかなぁ?」と首を傾げることもありましたが、マツダセイコ嬢を(あたしは可愛いんだ)という心の裏側はいやらしさに繋がっているとバッサリ斬りまくってシッチャカメッチャカにしていたのには、痛快丸かじりでございました。無茶苦茶斬りまくってはいるんですが、好きなヒトにはおかしいほど賞賛したりしております。

鉄男さまについても書かれているのですが、それはちょっと長くなってしまったのでページを新たにしようと思います。(いや~今回は引っ張るだけ引っ張ったなー)
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by ironman0823 | 2007-05-25 12:40
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